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第3回

第3回 「がん免疫細胞治療薬のアクセルとブレーキ」

平成28年12月9日更新

 私は1985年頃、和光市にある車のホンダ技研工業の診療所に週一日勤務していました。当時販売されていたスポーツカーNSXは大変な人気で限定販売でありましたが、流線形の素晴らしいスタイルに魅せられて買ってしまいました。しかし、アクセルが鋭敏で出足が早く、案の定、ブレーキが間に合わなくて、前方車に追突してしまった苦い経験があります。アクセルとブレーキをうまく使わなければ事故が起きてしまうのです。

 さて、がんは免疫療法で治療する時代に突入しているといっても過言ではありません。ただし、免疫療法の効果を引き出すためには、アクセル作用とブレーキ作用をうまく使い分けなければなりません。どちらが欠けても、車で言えば事故となるように、安全にがんを死滅させることができないのです。
 樹状細胞(Dendritic cell:略DC)はアクセル効果を増強する、いわばターボのような役割といえるのではないでしょうか。免疫系全体の調節役であるヘルパーT細胞に敵の目印となる「抗原」を教えることによって、第二段階としての総攻撃をかける準備をするわけです。
 我々が何らかの感染症にかかると、まずは第一段階としての原始的な「自然免疫」で病原体や異常細胞など「自分ではないもの(非自己)」を攻撃します。同時に樹状細胞が目印(抗原)をみつけてヘルパーT細胞に伝えると、ヘルパーT細胞がこれを記憶して(獲得免疫)、次に敵がやってき時にB細胞(抗体の産生)とキラーT細胞(攻撃役のT細胞)により総攻撃をしかけるのです。
 私たちの体の中では毎日5000~6000個のがん細胞が生まれています。しかし、体を形成している60兆個という天文学的細胞数に比べれば「百億分の1の割合」であり、たいしたことはありません。それらのがん細胞をことごとく見つけては殺してくれるのが免疫細胞です。ところがたまに、免疫の監視をくぐり抜け、がん細胞が年月をかけて大きく成長し、我々の命を脅かすのです。
 このため、アクセル型がん免疫療法は免疫細胞の数を増やしたり、活性化させたり、あるいは多くのがん細胞に共通しているような「がん抗原」を教えることによって、がんを退治しようとします。しかし、最近がん細胞の方でも自分の身を守るために「免疫チェックポイント」という裏技を使い、免疫細胞を無力化していたことが分かりました。
 「免疫チェックポイント」とは、免疫の働きが強すぎて自分自身の体を攻撃しないようにするブレーキ装置のことです。がん細胞はたくみにこの免疫チェックポイントを利用してT細胞にブレーキをかけて逃れようとするのです。そのため、がん細胞に対するブレーキをかからないようにする、免疫チェックポイント阻害剤という薬が登場してきました。

 

 がん免疫療法の2つのブレイクスルーがあります。

 1番目のブレイクスルーは、1990年代に入りがん組織の目印となるがん抗原が続々と発見され、がん細胞に対する特異性がより高いがんワクチン療法が開発されたことです。なんといっても樹状細胞を発見し、ノーベル生理学・医学賞をとったラルフ・スタインマン博士の功績は大きいでしょう。

 2番目のブレイクスルーは、2010年に入り幾つかの免疫チェックポイント阻害療法が優れた治療効果を持つことが認められ、日米で承認を受けたことです。%e3%83%84%e3%83%aa%e3%83%bc免疫チェックポイント阻害剤は日本で生まれた新しいタイプの抗がん剤です。1992年、京都大学の本庶 佑(ほんじょ たすく)博士の研究グループが、免疫細胞にアポトーシス(細胞の自然死)を起こす分子を探す中で、PD‐1を発見しました。PD‐1はアポトーシスを表す「programed cell death」の頭文字からとられています。その後、本庶博士はマウスを使った実験でPD‐1が活性化した免疫細胞の働きを抑制することを証明したのです。PD‐1がT細胞のブレーキとして働くことを悪用して、がん細胞がPD‐L1という鍵のようなものでPD‐1に結合してT細胞を無力化してしまうことがわかりました。そして、鍵穴であるPD‐1に蓋をして塞いでしまう抗PD‐1抗体を用いて、T細胞のPD‐1とがん細胞のPD‐L1が結びつくことを防ぎ、T細胞の活性化を保ってがん細胞を攻撃することが可能となりました。これが免疫チェックポイント阻害薬と呼ばれる抗PD‐1抗体です。素晴らしい効果をもたらすと同時に、効き過ぎて自分自身を攻撃してしまうことに注意が必要となります。本庶博士はこの分野での中心人物でノーベル賞の有力候補者であり、きっと東京オリンピックまでには、受賞されることになると期待しています。