特発性正常圧水頭症について of 千葉・柏たなか病院

特発性正常圧水頭症(idiopathic normal pressure hydrocephalus:iNPH)について

千葉・柏たなか病院 脳神経外科 正常圧水頭症センター 高木清
LinkIcon高木清 プロフィール

はじめに

はじめに

 特発性正常圧水頭症は、正常圧水頭症の一つです。「治療可能な認知症の原因疾患のひとつ」 として、最近テレビやインターネットを通して一般の人々に広く知られるようになった疾患です。体への負担が少なく、 簡単な手術で症状は劇的に改善します。2004年に日本で診断と治療のためのガイドラインが公表され、水頭症を専門としない医師の間でも少しずつ認識が広がっていますが、まだ十分に知られているとは言えません。
 「特発性正常圧水頭症」はよく「突発性正常圧水頭症」と間違えられます。「突発性」は「突然起こる」ことですが、実際には「突発性正常圧水頭症」という病名は医学辞書に載っていません。
 特発性正常圧水頭症は多くの場合、非常にゆっくり進行します。「特発性」というのは、「原因が分からない」と いうことで、英語では idiopathic (イディオパティック)といいます。 「正常圧」ということは、脳脊髄液の圧が正常であると言うことで、英語では normal pressure といいます。 子供の水頭症では脳脊髄液圧(脳圧)が高くなるので、これは大変不思議なことです。「水頭症」というのは 「頭の中に水(脳脊髄液)がたまる」といいうことで、英語では hydrocephalus (hydro = 水の、cephalus = 頭)と言います 。続けて書くと、idiopathic normal pressure hydrocephalus で、専門医の間では単語の頭文字を取って iNPH と呼んでいます。インターネットで検索するときも、iNPHで検索するとたくさんヒットします。


症状

症状

 この疾患が知られるようになってすでに50年近く経ちます。正常圧水頭症(NPH(i がついていません))は、 脳神経外科医や神経内科医の間ではクモ膜下出血や髄膜炎などの後に歩行障害(足が十分にあがらない、歩幅が狭い、ヨチヨチ歩き)、失禁、認知症(痴呆)の 3つを起こす病態として良く知られています。これは原因がはっきりしている続発性正常圧水頭症(secondary NPH)です。 最近話題になっているのは iNPHで、何の原因も見つからないのにこれら3つの症状を引き起こすNPHです。 この病気は70歳以上の高齢者に見られることが多く(これまで 5年間に手術した約200例の平均年齢は78歳です)、症状は歩行障害または頻尿のみという場合もあります。症状からは「パーキンソン病」、「過活動性膀胱」、あるいは「アルツハイマー型認知症」とされていることも珍しくないようです。最近では「ロコモティブ・シンドローム」と間違われることもあるようです。 CTやMRIをとっても、「脳萎縮」あるいは「多発脳梗塞」と診断されることが珍しくありません。


診断

診断

 診断方法にはいくつかありますが、腰椎穿刺(背中から針を刺す)で脳脊髄液を捨てて症状が改善するかを見るテスト(タップテスト、 tap test )が、一番簡単で安全かつ確実性が高いと考えられます。当センターではこの方法で診断を行っています。特発性正常圧水頭症であれば脳脊髄液を30~50ml排除すると 翌日には歩き方が改善します。多くの場合、脳脊髄液を捨てて2時間後には改善がみられます。様々な研究がされていますが、今のところ画像診断装置(CTやMRIなど)では特発性正常圧水頭症を疑うことはできても、正しく診断することは難しいようです。


治療(手術)

治療(手術)

 1回の髄液排除(タップテスト)でかなり長く症状が改善していることもあり、この場合には認知症(軽度の場合も含む)がなければ経過を見ます。しかし、症状が すぐに元に戻ってしまう場合や、認知症を合併していてその原因がiNPHと思われる場合には治療が必要となります。 治療は今のところ手術以外にはありません。手術は脳脊髄液を持続的に排除することを目的としていますが、このためにはいくつかの方法があります。 代表的なものとしては脳室腹腔短絡術(ventriculo-peritoneal shunt, VP shunt)、 腰椎クモ膜下腔腹腔短絡術(lumbo-peritoneal shunt, LP shunt)、脳室心房短絡術 (ventriculo-atrial shunt, VA shunt(「ブイエー シャント」と読みます))があります。現在広く行われているのはVP shuntで、最近の調査では日本で行われている特発性正常圧水頭症に対するシャント術のおよそ7割です。LP shuntも増えてきていますが、VA shuntは他の手術でうまくいかなかったとき以外はほとんど行われていません。多くの脳神経外科医 がVA shunt を好まない理由は、心房にカテーテルを入れるので、感染を合併すると敗血症になり致死的な状態になるからだと聞きます。しかし特発性正常圧水頭症に対する VA shunt について敗血症の合併が多いと言うことを支持する証拠は全くありません。このようなことが正しいのであれば、不整脈の治療として高齢者に行われることの多い心臓ペースメーカーの埋め込みでも敗血症が多いはずですが、そのようなことが大きな問題になってペースメーカーの埋め込みがためらわれている、ということはないはずです。個人的な経験に基づく意見ですが、VA shuntでは手術する範囲が狭いので感染の危険が少ない可能性があると考えています(実際に、2005年からこれまでの約200例の手術で、感染はゼロです)。その他に、手術前に歩行できた患者では手術当日から歩き出せる、便秘などの影響で髄液の流れが悪くならない、など多くの理由で特発性正常圧水頭症に対しては VA shuntを選択しています。治療成績に関しては、歩行障害の改善だけでなく、高次脳機能障害の改善についても良好な成績を得ています。 手術例の平均年齢は78歳ですが、手術をしてから3年以上経過しても悪化していない症例が多いことも、特発性正常圧水頭症に対してVA shuntが優れていることを示唆していると考えています。


おわりに

おわりに

 iNPHは6万人から8万人の患者がいると言われていますが、実際にはさらに多いと思われます。特に見落とされやすいのは、脳卒中(脳出血や脳梗塞)に合併した場合で、症状のほとんど全てが脳卒中のせいにされている可能性があります。これらの疾患(特発性正常圧水頭症と脳卒中)が高齢者に多いということを考えると、今後さらに高齢化が進み、患者数は非常に多くなることが予測されます。
 年をとって転びやすくなった、物忘れが多くぼんやりとしている、尿の回数が多くなったり失禁するようになったなどの症状がみられたら、特発性正常圧水頭症の可能性があります。また、脳卒中の後リハビリをして機能が改善したのに、また少しずつ悪くなった場合にも正常圧水頭症が疑われます。専門医にご相談ください。


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