脳脊髄液減少症について of 千葉・柏たなか病院

脳脊髄液減少症(外傷性低髄液圧症候群とも呼ばれている)について

千葉・柏たなか病院 脳神経外科 正常圧水頭症センター 高木清
LinkIcon高木清 プロフィール

はじめに

はじめに

 脳脊髄液減少症と呼ばれている疾患は、今年(2010年)になって何度かテレビで話題になり、またこれまでにも新聞や雑誌で紹介されたので、病名だけは医師よりもむしろ一般の人に 広く知られるようになったようです。 日本では脳脊髄液減少症という病名が、交通事故(特に追突事故)後の「むち打ち症」との関連で使われることが非常に多いようです。つまり、追突事故のように軽い頭頸部外傷の後、いつまでも頭痛やめまいが続き、ものがかすんで見える、記憶力や集中力が落ちたなどの多彩な症状が現れる、以前は「むち打ち症」と呼ばれていた疾患の原因は、脳脊髄液が背中の、特に腰のあたりから漏れて脳脊髄液が減少してしまうことだというものです。脳脊髄液が本当に減少したかどうかを証明することとは実際には困難ですので、私自身は「起きていると悪化するタイプの外傷後慢性頭痛」と呼ぶようにしています。したがって、当センターで診療している「外傷後慢性頭痛」が「脳脊髄液減少症」と同じものであるという確証はありません。しかし、いろいろな理由から、事故やケガの後、長く続く頭痛やめまいなどの様々な症状の発症には、おそらく脳脊髄液の循環異常が関与していると考えて間違いないようです。これらの症状は、多くの場合ブラッドパッチ(硬膜外自己血注入療法)という簡単な処置で著しく改善します。 マスメディアのおかげで広く一般に知られるようになったのですが、 残念なことに頭痛を専門に診察している脳神経外科医や神経内科医の間ではこの病気はまだあまり広く認められていません。むしろこの疾患に否定的な医師も多いようです。現在「脳脊髄液減少症」あるいは「外傷性低髄液圧症候群」と呼ばれている病態は、交通事故による「むち打ち症」との関連が強いのですが、むち打ち症を多く扱っておられる整形外科専門医にとっても診断と治療が難いようです。

 現在では「脳脊髄液減少症」と呼ばれることの多い疾患ですが、当初は「外傷性低髄液圧症候群」と呼ばれていました。低髄液圧症候群が外傷によって起こるという意味で、症状が低髄液圧症候群に似ていたからです。
 
 低髄液圧症候群そのものは、腰椎穿刺の後に起こる起立性頭痛の原因として古くから知られていました。この場合は安静、あるいは硬膜外自己血注入療法 (ブラッドパッチ、epidural blood patching (EBP))で比較的短期間で治癒します。 原因がはっきりしているので診断は早期に下され、多くの患者では脳脊髄圧も実際に低い値を示します。しかし、腰椎穿刺の合併症として起こる低髄液圧症候群とよく似た症状を示すにもかかわらず、何の原因も見いだせない患者がいます。これらの患者に腰椎穿刺と脳槽シンチグラフィーを行うと、脳脊髄液圧が低く、髄液が頚椎や上部胸椎レベルで漏出している所見が見られることが多く、特発性低髄液圧症候群と名付けられています。個人的な経験に過ぎませんが、特発性低髄液圧症候群は輸液と安静で治癒し、ほとんどの場合ブラッドパッチの必要はないようです。きわめて稀ですが、手術を必要とする場合もあります(当センターでは髄液漏れを塞ぐ手術は行っていません)。

 最近話題になっている「脳脊髄液減少症」は、これらとは異なります。交通事故の後の、いわゆる「鞭打ち症」とか「頚椎捻挫」と診断された患者の中に、以前から知られていた特発性低髄液圧症候群とよく似た症状を示す患者が少なからず存在し、ブラッドパッチによって改善するということに、平塚共済病院脳神経外科部長(現国際医療福祉大学熱海病院脳神経外科)の篠永正道先生が最初に気づかれました。篠永先生は 2000年のことだと書かれております。症状を引き起こすきっかけは交通事故だけではなく、尻もちをつくなどの非常に軽い外傷のこともあり、始めの頃は「外傷性低髄液圧症候群」と呼ばれていたようです。しかし、脳脊髄液の圧を測定してもほとんど正常でしたので、1999年にアメリカの有名な病院(メイヨークリニック)のMokri(モクリー)先生が提唱していた「cerebrospinal fluid hypovolemia (脳脊髄液減少症)」という病名が使われるようになりました。Mokri先生が「脳脊髄液減少症」という病名を提唱した理由については、長くなるので省きます。

 ところで、脳脊髄液が減少した(髄液が減った)と言うことは、外科的な処置で脳脊髄液を捨ててしまうような特殊な場合を除いて、実際には証明できません。脳脊髄液の圧も低くないので、私自身は単に「外傷後慢性頭痛」と呼ぶようにしています。しかし、外傷後慢性頭痛は国際頭痛分類にも入れられていて、「頭痛に特徴的な点はない」とされています。それで、この国際頭痛分類が定義している外傷後慢性頭痛と区別する意味で(あるいはその中の特殊なものという意味で)「起きていると悪化するタイプの外傷後慢性頭痛」とも呼んでいます。


症状

症状

 非常にたくさんの症状を引き起こしますが、現時点ではほとんどが自覚症状のみです。「起きていると悪化するタイプの外傷後慢性頭痛」(現在「脳脊髄液減少症」と呼ばれるものと多分同じ病気)では、頭痛だけで他の症状がないと言うことはありません。頭痛も、低髄液圧症候群の時に見られる起立性頭痛に似ていますが、これと違うのは、起立性頭痛の定義(起き上がると15分以内に起こる)はほとんどの患者で当てはまりません。それでも、長く立っていたり座っているだけで悪化するので、起立性頭痛と呼ぶ以外に今のところ適当な表現はありません。

 頭痛以外の症状としては、

  •  脳と脳神経が正常に働かなくなったためと思われる症状:光がまぶしい(光過敏症)、目が痛い、視力が落ちた、目がかすむ、物を見たときに焦点が合わない、 めまいがする、耳鳴りがする、 周りの音が異常に大きく聞こえる(聴覚過敏症)、顔がしびれる、口が十分開かない(顎関節症)、味が分からない、 集中力が落ちた、 物忘れが激しい、 気分が落ち込む、人と話をしていて訳の分からない内容を話し出す
  •  脊髄や脊髄神経が正常に働かなくなったためと思われる症状: 肩が凝る、背中が痛い、腰が痛い、全身が痛い、手が痺れる、急に力が抜ける、マヒもないのにペットボトルのふたが開けられない
  •  自律神経が正常に働かなくなったためと思われる症状:下痢をする、便秘をする、おしっこの回数が増える、微熱が出る、汗の出方が異常になる(寝汗がひどくなることが多いようです)

 その他に、恥ずかしいのであまり訴えられることは多くないのですが、性欲がなくなる(男ではインポテンツ)ことも珍しくないようです。

 これらを「外傷後慢性頭痛」(脳脊髄液減少症?)に伴う症状とする理由は、治療によって短期間に頭痛も含めた多くが消失または軽減するからです。


診断

診断

 むち打ち損傷に伴う「外傷性低髄液圧症候群」では、腰椎や下位胸椎のレベルで髄液が 漏れていることが非常に多とされています。症状が特発性低髄液圧症候群に似ているのに、脳脊髄液圧(脳圧)もほとんどの場合正常です。 従って「脳脊髄液減少症」という病名が用いられるようになってきましたが、実は 脳脊髄液が減少しているという証拠を直接示すことは大変に難しいことです。
 放射性物質を用いた脳槽シンチグラフィー(RIシステルノグラフィー)が「脳脊髄液減少症」の診断確定に有用だと考えられていますが、この点については反対意見も多いようです。個人的な経験に過ぎませんが、RIシステルノグラフィーも外傷後慢性頭痛(「脳脊髄液減少症」あるいは「外傷性低髄液圧症候群」とほぼ同じ?)の診断にはあまり役に立たないようです。RIシステルノグラフィーが当てになるのであれば、治療前に「髄液漏れ」と判断された所見が、治療(ブラッドパッチ)を行ったあとの検査で消失して「治癒」となるはずです。しかし、実際には治療によって「髄液漏れ」の所見がなくなったと言われても症状が改善してないことも珍しくないようです。さらに、同じ原因で同じ症状が出て、MRIなどでは異常がないと言われ、「脳脊髄液減少症」あるいは「外傷性低髄液圧症候群」が疑われてRIシステルノグラフィーを受けた患者の内、実際に「髄液漏れ」があると診断されるのはおよそ半分(これを示す文献はあります)というのも、この検査の診断的価値に疑問が持たれる理由の一つです。
 個人的な意見に過ぎませんが、現時点では画像による確定診断は困難と考えています。この点は特発性正常圧水頭症と似ています。
 CT や MRI 、RI脳槽シンチグラフィーなどの画像による診断が難しいので、現時点では病歴と症状に頼って診断を行っています。
 「治療(ブラッドパッチなど)の適応になる外傷後慢性頭痛(起きていると悪化するタイプの外傷後慢性頭痛)の診断基準」として次の項目を挙げています。原則として、これらの全てを満たしている場合に治療の対象となると考え、希望される方にはブラッドパッチを行っています。

  • (1)頭痛のみではなく、めまいや目の痛みなど多彩な症状を伴う。
  • (2)外傷以前には仕事、学業、家事などを妨げる頭痛やめまいなどの多彩な症状はなかった
  • (3)外傷後比較的早期に(多くは直後から1週刊以内)に頭痛やめまいなどの症状が現れる
  • (4)頭痛などの症状が3ヶ月以上続く
  • (5)頭痛などの症状は体を起こしていると悪くなる(朝起きたときは良いが、昼頃になると頭痛などがひどくなる)
  • (6) 頭痛などの症状が天気に左右される(低気圧で悪くなることが多い)
  • (7)頭痛などの症状は頑張り続けると著しく悪くなる
  • (8)マヒ(手足が動かない、あるいは動きにくい)などのハッキリした神経学的な症状がほとんどない
  • (9)CT や MRI(MRミエログラフィーも含む)では異常がない(症状を説明できる病変が見つからない)
  • (10)脳脊髄液圧は正常(高いこともある)
  • (11)通常の治療(頭痛薬など)があまり効かない

治療

治療

 治療は2004年以来ブラッド・パッチを中心に行って来ました。個人的な治療成績については始めに書いた通りです。しかし完治(事故以前の状態に完全に戻ること)は難しいのが現状だと思います。
 最近ではブラッドパッチ以外の治療もいくつか試みており、少なくとも症状の緩和には有効なようです。たとえば、点滴を短時間で行ったり、酸素カプセルの中に1時間から2時間入っているなどは多くの患者で効果があるようです。


おわりに

おわりに

 この疾患は症状が多彩なだけでなく、原因も交通事故、転倒(尻もちをつく)、 強く頭を振るなど様々です。 しかし、CT や MRI など通常の検査ではほとんどの場合正常と判断されています。したがって診断は大変に難しいのが現状です。鞭打ち症などの後、いつまでも多くの症状続く場合、この疾患を疑ってみるべきだと考えます。


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