脳脊髄液減少症について of 千葉・柏たなか病院

脳脊髄液減少症(外傷性低髄液圧症候群とも呼ばれている)について

千葉・柏たなか病院 脳神経外科 正常圧水頭症センター 高木清
LinkIcon高木清 プロフィール

はじめに

はじめに

 脳脊髄液減少症と呼ばれている疾患は、最近何度かテレビで話題になり、またこれまでにも新聞や雑誌で紹介されたので、病名だけは医師よりもむしろ一般の人に 広く知られるようになったようです。
 昨年(2011年)になって脳神経外科学会のメンバーを中心とする研究班によって、「脳脊髄液漏出症(脳脊髄液減少症とは言っていません)が外傷によって引き起こされることは稀ではない」という見解が出されました。脳脊髄液漏出症とは、脳脊髄液が硬膜という硬い膜を破って外に漏れ出すと言うことで、必ずしも脳脊髄液減少症と同じ事を指している訳ではありません。脳脊髄液減少症は、脳脊髄液減少症研究会から2007年に出されたガイドラインによって、「脳脊髄液腔から脳脊髄液(髄液)が持続的ないし断続的に漏出することによって脳脊髄液が減少し、頭痛、頚部痛、めまい、耳鳴り、視機能障害、倦怠などさまざまな症状を呈する疾患である。」と定義されています。
 今年(2012年)から、ブラッドパッチ(硬膜外自己血注入療法:EBP (Epidural Blood Patching))が一部の病院で先端医療として正式に開始され、治療効果や合併症について調査するという段階になりました。
 日本では脳脊髄液減少症という病名が、交通事故(特に追突事故)後の「むち打ち症」との関連で使われます。つまり、追突事故のように軽い頭頸部外傷の後、いつまでも頭痛やめまいが続き、ものが霞んで見える、記憶力や集中力が落ちたなどの多彩な症状が「むち打ち症」に伴って現れる原因は、脳脊髄液が背中(特に腰のあたり)から漏れて脳脊髄液が減少してしまうからだ、というものです。したがって、EBPによって、脳脊髄液が漏れている部分を塞げば病気は治る、とされます。しかし、実際の社会復帰率(治癒率)はそれほど高くないというのが現状のようです。
 欧米ではこの様な考えは一般的ではなく、交通事故後に起こる同様な症状は「外傷後慢性頭痛」あるいは「軽度外傷性脳損傷」と呼ばれています。この二つの病名にハッキリした違いはないのですが、「外傷後慢性頭痛」の患者が、けがをした直後に短時間意識をなくしていたり健忘症を伴っていた場合、「軽度外傷性脳損傷」と呼んでいると理解して大きな間違いはありません。残念ながら、これまでのところ欧米からの文献に具体的な治療法の記載はないようです。
 現在では「脳脊髄液減少症」と呼ばれることの多い疾患ですが、当初は「外傷性低髄液圧症候群」と呼ばれていました。低髄液圧症候群が外傷によって起こるという意味で、症状が低髄液圧症候群に似ていたからです。
 低髄液圧症候群そのものは、腰椎穿刺の後に起こる起立性頭痛の原因として古くから知られていました。 この場合は安静、あるいはEBPで比較的短期間に治癒します。原因がはっきりしているので診断は早期に下され、多くの患者では脳脊髄圧も実際に低い値を示します。しかし、腰椎穿刺の合併症として起こる低髄液圧症候群とよく似た症状を示すのに何の原因も見つからない患者がいます。これらの患者に腰椎穿刺と脳槽シンチグラフィーを行うと、脳脊髄液圧が低く、多くの患者で頚椎や上部胸椎レベルで髄液の漏れが見つかり、特発性低髄液圧症候群と名付けられています。個人的な経験に過ぎませんが、特発性低髄液圧症候群は輸液と安静で治癒し、ほとんどの場合ブラッドパッチの必要はないようです。きわめて稀ですが、髄液の漏れを塞ぐための手術が必要となる場合もあります(当センターでは手術は行っていません)。
 交通事故の後のいわゆる「鞭打ち症」とか 「頚椎捻挫」と診断された患者の中に、特発性低髄液圧症候群とよく似た症状を示す患者が少なからず存在し、ブラッドパッチによって症状が改善するということに最初に気づいたのは、平塚共済病院脳神経外科部長(現国際医療福祉大学熱海病院脳神経外科教授)の篠永正道先生です。篠永先生は2000年のことだと書かれております。つまり、外傷による「脳脊髄液減少症」が治療される様になってまだ12年(2012年の時点で)しか経っていません。
 症状を引き起こす原因は交通事故だけではなく、尻もちをつくなどの非常に軽い外傷のこともあり、始めの頃は「外傷性低髄液圧症候群」と呼ばれていました。しかし、脳脊髄液の圧を測定してもほとんど正常なので、アメリカの有名な病院(メイヨークリニック)のMokri(モクリー)先生が1999年に提唱していた「cerebrospinal fluid hypovolemia (脳脊髄液減少症)」という病名が使われるようになりました。Mokri先生が「脳脊髄液減少症」という病名を提唱した理由については、長くなるので省きます。
 ところで、脳脊髄液が減少した(髄液が減った)と言うことは、外科的な処置で脳脊髄液を捨ててしまうような特殊な場合を除いて、実際には証明が困難です。脳脊髄液の圧も低くないので、私自身は単に「外傷後慢性頭痛」と呼ぶようにしています。しかし、外傷後慢性頭痛は国際頭痛分類にも入れられていて、「頭痛に特徴的な点はない」とされています。それで、この国際頭痛分類が定義している外傷後慢性頭痛と区別する意味で(あるいはその中の特殊なものという意味で)起きていたり気圧が変動すると悪化するタイプの「外傷後慢性頭痛」と呼んでいます。検査や治療の都合上「外傷性低髄液圧症候群」とも呼んでいます。したがって、当センターで診療している「外傷後慢性頭痛」あるいは「外傷性低髄液圧症候群」が「脳脊髄液減少症」あるいは「脳脊髄液漏出症」と同じ疾患であるという確証はありません。
 いろいろな理由から、この病気の発症に脳脊髄液の循環異常が関与しているようです。そして、症例を正しく選べば、ブラッドパッチ(EBP)という簡単な処置で症状は一時的にせよ著しく改善することは間違いありません(治癒率が高いという訳ではない)。
 マスメディアのおかげで広く一般に知られるようになったのですが、残念なことに頭痛を診察している脳神経外科専門医の間では、この病気はまだあまり広く認められていません。むしろ、今もこの疾患に否定的な医師が多いようです。脳脊髄液減少症(外傷性低髄液圧症候群)は交通事故による「むち打ち症」との関連も強いのですが、むち打ち症を扱っておられる整形外科専門医の間では否定的な意見の方が多いようです。


症状

症状

 非常にたくさんの症状を引き起こしますが、現時点ではほとんどが自覚症状のみです。「起きていると悪化するタイプの外傷後慢性頭痛」(現在「脳脊髄液減少症」と呼ばれるものと多分同じ病気)では、頭痛だけで他の症状がないと言うことはありません。頭痛も、低髄液圧症候群の時に見られる起立性頭痛に似ていますが、これと違うのは、起立性頭痛の定義(起き上がると15分以内に起こる)はほとんどの患者で当てはまりません。それでも、長く立っていたり座っているだけで悪化するので、起立性頭痛と呼ぶ以外に今のところ適当な表現はありません。

 頭痛以外の症状は、大きく3つに分類できると考えています。

  1. 脳と脳神経が正常に働かなくなったためと思われる症状:光がまぶしい(光過敏症)、目が痛い、視力が落ちた、目がかすむ、物を見たときに焦点が合わない、 めまいがする、耳鳴りがする、 周りの音が異常に大きく聞こえる(聴覚過敏症)、顔がしびれる、口が十分開かない(顎関節症)、味が分からない、集中力が落ちた、物忘れが激しい、気分が落ち込む、人と話をしていて訳の分からない内容を話し出すなど。
  2. 脊髄や脊髄神経が正常に働かなくなったためと思われる症状:肩が凝る、背中が痛い、腰が痛い、全身が痛い、手が痺れる、急に力が抜ける、マヒもないのにペットボトルのふたが開けられないなど。
  3. 自立神経が正常に働かなくなったためと思われる症状:下痢をする(事故直後から水のような下痢をすることがあります)、便秘をする、おしっこの回数が増える、微熱が出る、汗の出方が異常になる(寝汗がひどくなることが多いようです)など。

その他に、恥ずかしいのであまり訴えられることは多くないのですが、性欲がなくなる(男ではインポテンツ)ことも珍しくないようです。
 これらを「外傷後慢性頭痛」(脳脊髄液減少症?)に伴う症状とする理由は、治療によって短期間に多くが消失または軽減するからです。
 はじめに書いたとおり、これらの症状は慢性疲労症候群、線維筋痛症、起立性調節障害、自律神経失調症などの疾患で見られる症状と非常によく似ています。また、当センターで扱っている「外傷後慢性頭痛」患者の中にはこれらの疾患の診断基準を満たしたしまう方が少なからずいます。さらに、これらの症状が実際に消失したり軽減することも珍しくありません。従って、当センターで扱っている「外傷後慢性頭痛」とこれらの疾患には何か共通する原因があるのではないかと考えています。


診断

診断

 特発性低髄液圧症候群には特徴的な画像所見が知られており、多くの場合画像診断が可能です。造影MRIでの硬膜肥厚、小脳扁桃の下垂、放射性物質を用いた脳槽シンチグラフィー(RIシステルノグラフィー)での漏出部位の特定や、腰椎レベルから入れた放射性物質が頭蓋内へ移行しない(途中で漏れてしまうので)などです。脳脊髄液に造影剤を注入してCTを撮ると、脳脊髄液が硬膜外腔に漏れていることが確認できます。漏れている場所は、頚髄から上部胸髄までで確認できることがほとんどです。また、脳脊髄液の圧は通常低くなっています。
 むち打ち損傷に伴う「脳脊髄液減少症」では、腰椎や下位胸椎のレベルで髄液が 漏れていることが非常に多とされています。症状が特発性低髄液圧症候群に似ているのに、脳脊髄液圧(髄圧)もほとんどの場合正常です。そのために「脳脊髄液減少症」という病名が用いられるようになってきましたが、実は脳脊髄液の減少を直接示すことはできません。
 「脳脊髄液減少症」を扱っている医師の間では、放射性物質を用いたRIシステルノグラフィーが診断確定に有用だと考えられています。確かに、古くから知られている特発性低髄液圧症候群では、多くの場合、この検査で脳脊髄液が漏れ出している部分を特定できます。しかし「脳脊髄液減少症」では直接的な漏出部位が特定できることは多くなく、腰椎レベルの漏出所見は正常人でも観られるものではないかという批判もあるようです。脳脊髄液の現象を直接示すことは不可能です。一番問題な点は、正常人との比較が全くないという点です。どの医師が観ても明らかに漏れているという画像は確かにあります。しかし、「脳脊髄液減少症」のように新しく提唱された病気では、正常な人ではどのようなRIシステルノグラフィーの所見になるのかが分からなければ、病気の診断は出来ないことになります。個人的な経験に過ぎませんが、RIシステルノグラフィーも「脳脊髄液減少症」の診断にはあまり役に立たないようです。RIシステルノグラフィーの所見が当てになるのであれば、治療前に「髄液漏れ」と判断された所見が、治療(ブラッドパッチ)を行った後の検査で消失して「治癒」となるはずです。しかし、実際には治療によって「髄液漏れ」の所見がなくなったと言われても、症状が改善してないことが珍しくありません。つまり、現時点では画像による確定診断は困難ではないかと考えています。この点は特発性正常圧水頭症と似ています。
 現時点ではCT や MRI 、RI脳槽シンチグラフィーなどの画像による診断が難しいので、当センターでは病歴と症状に頼って診断を行っています。MRIなどの検査は必須ですが、これらはハッキリとした脳脊髄液の漏れがないと言うことを確かめるために行っています。ハッキリした漏れが確認できたり、髄液漏れを示す間接的な所見(硬膜造影増強効果など)が得られる患者では、ほとんどの場合輸液と安静だけで治癒します。
 「治療(ブラッドパッチや硬膜外空気・生理食塩水注入など)の適応になる外傷後慢性頭痛(起きていると悪化するタイプの外傷後慢性頭痛)の診断基準」として次の項目を挙げています。原則として、これらの全てを満たしている場合に治療の対象となると考えていますが、全てを満たさない場合でも、患者が希望すれ治療を行っています。

  1. 症状は頭痛だけではなく、先に挙げた多くの症状を伴う。
  2. 外傷以前には仕事、学業、家事などを妨げる頭痛やめまいはなかった。
  3. 外傷後比較的早期に(多くは直後から1週間以内)に頭痛やめまいなどの症状が現れる。
  4. 頭痛などの症状が3ヶ月以上続く。
  5. 頭痛などの症状は体を起こしていると悪くなる(朝起きたときは良いが、昼頃になると頭痛などがひどくなる)
  6. 頭痛などの症状が天気に左右される(低気圧で悪くなることが多い)
  7. マヒ(手足が動かない、あるいは動きにくい)などのハッキリした神経学的な症状がほとんどない
  8. CT や MRI(MRミエログラフィーも含む)では異常がない(症状を説明できる病変がない)
  9. 通常の治療(頭痛薬など)があまり効かない
  10. 髄液圧は低くない(正常か高いこともある)

治療

治療

 治療は、輸液と安静(原則として2週間の絶対安静)で治らなければ、ブラッド・パッチが行われています。個人的な治療成績については始めに書いた通りです。最近では完治(事故以前の状態にほぼ完全に戻ること)する患者も増えてきました。
 これまでにブラッドパッチ以外の治療もいくつか試みており、少なくとも症状の緩和には有効なようです。たとえば、点滴を短時間で行ったり、酸素カプセルの中に1時間から2時間入っているなどは多くの患者で効果があるようです。
 私自身は2009年10月から、硬膜外に空気あるいは酸素と生理食塩水を注入する治療(硬膜外空気・生理食塩水注入療法、英語で Epidural Air and Saline Injectionと言い、その頭文字を取ってEASI(イージー)療法と呼んでいます)を第一選択として行っています。この方法は痛みを伴うことが少なく、しかも非常に早く治療効果が現れます。血液を用いないのでエホバの証人の患者にも抵抗なく受け入れられます。
 一部で治療内容を誤解され、エアーパッチと呼ばれているようです。髄液の漏れを空気(エアー)で塞いでいる訳ではないのでパッチではありません。実際に髄液が漏れている患者の硬膜外に空気を入れると、クモ膜下腔に空気が入って気脳症という状態になり、非常に激しい頭痛を引き起こします。
 自分で経験した症例についてのみですが、ブラッドパッチのみで治療した患者群(222例)とEASI療法のみを行った患者群(63例)の間で治療成績を比べてみたところ、EASI療法のみを行った患者の方が治癒率が有意に高いという結果が得られました(第10回濃赤図絵起源少々研究会で発表)。


おわりに

おわりに

 この疾患は症状が多彩なだけでなく、原因も交通事故、テニス、カイロプラクティクスなど様々です。時には原因がハッキリしないこともあります。しかし、CT, MRI など通常の検査ではほとんどの場合正常と判断されています。したがって診断は大変に難しいのが現状です。軽度外傷性脳損傷、慢性疲労症候群、線維筋痛症、起立性調節障害、自律神経失調症などとも関連があるようです。
 鞭打ち症などの後、ここに挙げたような多くの症状をいつまでも訴える場合にはこの疾患を疑ってみるべきだと考えます。以前に比べて治療成績は格段に良くなってきています。


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