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院長挨拶

ごあいさつ

わたしが現職に就いてから早いもので9年が経とうとしています。
コロナ禍も経て目まぐるしく医療が激変した時期でもあり、わたしにとってはあっという間に行き過ぎた9年間でした。力不足ゆえ、未だ病院づくりは半ばというところですが、せめて日々の診療だけでも真面目に取り組もうと考え今日に至っています。

この間、多くの患者さんとの出会いがありました。抱えている問題は各々違っており、病気によって、あるいは同じ病気でも人それぞれの事情によって、経過も治療も様々です。
治療期間も身体科に比べれば長く、10年は言うに及ばず、中には初診から数えると20年という方もいます。
最近は診察場面でも「お互いに年を取ったね」などという会話が、よく聞かれるようになりました。

ふり返ればこの9年間、患者さんやご家族からは教えられることばかりでした。
すべての出会いが学びの機会となり、より良い病院づくりの礎となってくれたような気がします。

わたくしたちが日々の診療で心がけてきたこと、それは比較的シンプルなことでした。
一つは、患者さんの回復の過程に寄り添い、患者さんのこころにとってやさしい医療を提供するということ。
もう一つは、人の尊厳に配慮した、患者さん目線を忘れることのない謙虚な医療を心がけるということです。

そもそも医師-患者関係は対等ではありません。患者さんは医師の前では、物言えぬ弱者です。
双方向のコミュ二ケーションを実現し患者さんとの信頼関係を確立するためには、医師の側の心配りが必要です。「やさしさ」と「謙虚さ」は、そのための大切なキーワードになります。

いうまでもなく、科学的根拠に基づく標準化された治療は重要です。例えば薬物療法がその代表でしょう。
あるいはまた、病態に応じた専門的な治療を提供することも、わたくしたちに課せられた大切な役割であると思います。しかしながらすべての診療に先立つ前提として、「やさしさ」と「謙虚さ」という基本姿勢を堅持することを忘れてはなりません。それこそがわたくしたちの治療の出発点となります。

先にも述べた通り、精神科の治療は長期に渡ります。
患者さんは急性期を過ぎてもなお、再発のリスクに脅え、発病によって抱えてしまったハンディキャップと闘い続けています。回復期や慢性期のこうした問題に対処するために、わたくしたちもまた継続して患者さんの人生に関わり続けることが求められます。

患者さんの回復の過程は様々です。
当然一人一人、患者さんへの対応は異なってきますが、しかしながらこの時期の治療に通底する、共通の治療的な構えのようなものが存在します。強いて言語化すればそれは、「寄り添う」、「支える」、「見守る」といった、治療者の醸し出す雰囲気に由来するものかもしれません。
これらは、先に述べた基本姿勢と共に、科学的な治療技術とは全く別物の、ポジティブな臨床感覚と呼べるようなものです。 

わたくしたちは、急性期の科学的、標準的、専門的な治療と共に、このポジティブな臨床感覚によって醸造される治癒力を重視しています。まさしく、この両輪を回すことが、わたくしたちの目指す臨床の形と言えるかもしれません。精神医療の先行きは見通せませんが、仮に目を見張るような最先端の医療ばかりが注目されるような時代になっても、この臨床の形は堅持したいと考えます。

わたしは、医療の目的は人助けだと思っています。
当院の理念に倣えば、思いやりと共助の精神で地域社会に貢献することだと考えています。
わたくしたちの臨床への取り組みが多くの人を助け、結果として社会貢献に結びつくことを願って止みません。

当院の正面には、緑の白生公園と小さなグラウンドが広がっています。
今日も公園やグラウンドでは、母子が遊具を使って戯れ、野球少年たちが歓声を上げています。実に穏やかで心が和む光景です。この10年弱それは変わらぬ光景でした。
はたして10年後、この光景はどうなっているのでしょうか。
争いごとない平和が続いていることを切に望みますし、そしてまた当院が、10年先にも、精神医療を通して多くの皆様方に幸せを届け続けていることを祈念します。

2025年  秋 
長野病院 院長 石垣 博美

プロフィール

院 長 石垣 博美
経 歴 昭和62年、札幌医科大学卒。
同年、同大学神経精神科入局。
帯広厚生病院、いずみ病院、札幌医科大学神経精神科、釧路優心病院、野宮病院等を経て、平成19年4月より長野病院入職
平成29年12月より現職。
拙 論 旅する精神医学とオートポイエーシス ―文化の扱いを巡る第三の選択―
「文化精神医学序説 ―病、物語、民族誌―」
創出する治療システムとしての精神医学
「臨床精神医学講座第23巻 多文化間精神医学」
資格・専門医 精神保健指定医
日本精神神経学会指導医
日本精神神経学会専門医
専 門 文化精神医学